大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成6年(ワ)12582号 判決

原告

劉徳才

ほか一名

被告

難波裕美子

ほか一名

主文

一  被告らは、原告劉徳才に対し、各自金六〇五万二八一五円及びこれに対する平成四年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告王大景に対し、各自金六〇五万二八一五円及びこれに対する平成四年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告劉徳才に対し、各自金三七八八万七六三五円及びこれに対する平成四年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告王大景に対し、各自金三七八八万七六三五円及びこれに対する平成四年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実及び容易に認められる事実

1  劉宏文(昭和四四年八月七日生まれ)は、自家用原動機付自転車(以下「劉車」という。)を運転中、平成四年八月三一日午前五時二〇分ころ、埼玉県蓮田市大字馬込一六五二番地先交差点において、被告難波裕美子運転の自家用普通乗用自動車(被告難波克己保有。以下「被告車」という。)が劉車の左側面に衝突したため、跳ね飛ばされて頭蓋骨骨折、脳挫傷、全身打撲等の傷害を負い、同日死亡した(以下「本件交通事故」という。)。

2  被告難波裕美子は、民法七〇九条に基づき、被告難波克己は、自動車損害賠償保障法三条本文に基づき、本件交通事故により劉宏文に生じた損害を賠償すべき義務を負う。

3  原告らは、劉宏文の両親として、同人の権利を二分の一ずつ相続した(甲第三号証、第四号証)。

4  原告らは、本件交通事故の損害賠償として、三〇〇〇万円の支払を受けた。

二  争点

1  原告らの主張

(一) 過失相殺について

(1) 劉車の走行していた道路の幅員は被告車の走行していた道路の幅員より広いため劉車は被告車よりも優先して走行することができたから、被告車は劉車の走行を妨げてはならない義務があった。

(2) 本件交通事故は、被告難波裕美子が、飲酒の上、前夜から未明に掛けて遊興して睡眠不足の状態で被告車を運転したために起きたものである。

(3) また、被告難波裕美子は衝突するまで劉車の存在に気付いておらず、同人の過失は重大である。

(4) したがって、劉宏文に過失はない。

なお、劉宏文は、本件交通事故当時、ヘルメットを着用していた。

(二) 損害について

(1) 事故処理費及び葬儀費用 二〇八万五九五二円

(2) 慰謝料 二〇〇〇万〇〇〇〇円

(3) 逸失利益 七五八一万八一九四円

アⅰ 劉宏文は、中華人民共和国洛陽市において高等学校を卒業した後、毎日育英会と洛陽市科学技術委員会との協定に基づく、毎日新聞の配達員として就労する代わりに賃金等の支給を受けるという奨学生に選ばれ、本件交通事故当時、毎日新聞蓮田販売店に住み込み勤務していた。

劉宏文は、日本語学校で日本語を修得し、日本の大学に入学及び卒業をした後、日本の企業に就職することを希望していた。

ⅱ そのため、日本語学校卒業までの七箇月と大学在学期間の四年間の収入は毎日育英会からの奨学金等によるべきであり、大学卒業後は日本の賃金センサスによるべきである。

イ 仮に、右主張が認められないとしても、中国の賃金の上昇を考慮すべきである。

(4) 弁護士費用 六七九万〇三九八円

2  被告らの主張

(一) 過失相殺について

本件交通事故は、劉車及び被告車の双方から見通しが良い交差点における出会い頭の衝突であり、劉宏文が前方及び左方の確認を十分しなかったことも原因となっている。

また、劉車を運転している際にヘルメットを着用していなかったことも脳挫傷の原因となっている。

したがって、劉宏文の右過失を過失相殺すべきである。

(二) 損害について

争う。

特に、劉宏文が日本の大学への入学及び日本の企業に就職する蓋然性はいずれも低いから、逸失利益は中国の収入に基づくべきである。

第三当裁判所の判断

一  過失相殺について

1  本件交通事故の状況は次のとおりである(乙第四号証から第一三号証まで、第一七号証から第二八号証まで、第三二号証から第三五号証まで、被告難波裕美子の本人調書)。

(一)(1) 本件交通事故が起きた交差点は交通整理の行われていない交差点であり、本件交通事故現場の道路状況は、劉車が走行して来た道路の幅員が七メートル、被告車が走行して来た道路の幅員が五メートルであり、相互の道路間の見通しは、本件交通事故当時、空き地を挟んでいたため良かった。

被告車が走行して来た道路は、アスファルト舗装の平坦な乾いた道路である。

(2) 被告離波裕美子は、前日の夜から未明まで友人と飲食等をし、飲酒の上で(呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態。)被告車を運転していた。

本件交通事故当時日の日の出は午前五時一二分であり明るくなりかけていたが、被告車は前照灯を下向きに付けていた。

このときの被告車の速度は、時速約四〇キロメートルであった(このことは、被告車のタイヤ痕が一二・七五メートルあること(乙第八号証の交通事故現場見取図)からもうかがえる。)。

被告難波裕美子は、早朝のため他車が全く走行していないと安易に考えたこと、考え事をしていたことから、劉車の存在には衝突するまで全く気付かなかった。

(3) したがって、被告難波裕美子は、酒気帯び運転をした上に、被告車が走行して来る右方の注視を全く怠り、また、劉車の進路を妨害してはならない義務、交差点に入ろうとする場合において徐行しなければならない義務(道路交通法三六条二項・三項)を全く果たしていない。

(二) 一方、劉宏文は、進行方向左側を注視していれば前照灯を付けた被告車を発見することができた(なお、劉車の走行していた道路の幅員が被告車の走行していた道路の幅員より明らかに広いからといって、そのまま走行したら交通事故が起き得る場合、全く徐行等をしなくてもよいというものでもない。)から、同人に左方の注視を十分にしなかった過失がある上に、劉車を運転する際にヘルメットを着用しなかった過失がある。

なお、松宮郁夫の陳述書(甲第二三号証)には、劉宏文に支給したヘルメットが劉車のハンドルに掛かっていたとの記載があるが、このことをもって、劉宏文が本件交通事故当時ヘルメットを着用していたとまでうかがうことはできない。

(三) これらの本件交通事故の態様からすると劉宏文には五パーセントの過失があるというべきである。

二  損害について

1  事故処理費及び葬儀費用 二〇八万五九五二円

甲第八号証及び第一三号証により原告らの主張のとおり認められる。

2  慰謝料 一八〇〇万〇〇〇〇円

慰謝料は、弁論に現れた諸般の事情を考慮すると一八〇〇万円とするのが相当である。

3  逸失利益 二三一八万三一三三円

(一)(1) 毎日育英会と洛陽市科学技術委員会とが締結した協定書(甲第五号証)は、「1. 毎日育英会(以下「日本側」と称す)は、一九九二年四月に洛陽市科学技術委員会(以下「中国側」と称す)が派遣する満一八歳から二五歳までの二〇名の未婚男性を毎日奨学生(以下「中国奨学生」と称す)として受け入れ、九二年度毎日奨学生制度にしたがって日本で勉学と新聞販売店業務を行うことを了解した。2. 中国奨学生は日本で日本語を習得するために東京都・神奈川県・埼玉県で日本側指定の日本語学校で学ぶものとする。ただし、二年経過後、優秀な学生は毎日育英会及び販売所長の許可により所定の大学または専門学校に進学することができる。5. 中国奨学生の学資は、毎日育英会の外国人一年制奨学金制度を適用する。ただし、毎日育英会、または販売所長の許可により大学、専門学校に進学する時はそれに相応の奨学金制度を適用できる。」としており、覚書(甲第六号証)は、「3. 中国奨学生の学費は毎日育英会の外国人特別奨学生制度を適用する。但し、毎日育英会・毎日新聞販売所長の推薦により、大学及び専門学校に入学した場合はそれぞれの奨学金制度を適用する。」としており、毎日育英会の奨学生の制度が、日本の専門学校又は大学への進学を認めている上に、平成七年四月現在、日本の専門学校又は大学へ進学している毎日育英会在籍の中国人奨学生が一六名存在すること(甲第七号証)からすると、劉宏文も日本の専門学校又は大学に進学した可能性がある。

そして、劉宏文が日本の大学への進学を希望していたこと(甲第一五号証、第二二号証)、劉宏文が日本語学校で大学進学コースを選択していたこと(乙第三号証)も併せ考えると、劉宏文は、本件交通事故により死亡しなければ日本の大学に進学したものと推認できる。

それゆえ、劉宏文は、本件交通事故(当時二三歳。前記第二の一1)から大学卒業のまでの五年間(日本語学校の在学期間を含む。乙第三号証参照)、毎日育英会から支給される金額を得られたといえる。

(2) そして、劉宏文が本件交通事故前に得ていた年収は、一箇月当たりの本給が一一万三〇〇〇円、付加給が一一万一〇〇〇円(甲第一〇号証)、一年当たりの奨学金が五〇万円(学費の貸与であるが、一年間勤務で返済が免除される。甲第六号証3.項)、六箇月当たりの特別手当が八万円(甲第六号証5.項)であるから、次の数式のとおり、三三四万八〇〇〇円となる。

(113,000+111,000)×12+500,000+80,000×2=3,348,000

(3) また、劉宏文は、本件交通事故当時、独身の男子であった(甲第一三号証)から、生活費控除率は五〇パーセントとなる。

(4) したがって、劉宏文の本件交通事故から大学卒業までの五年間の逸失利益は、次の数式のとおり、七二四万七四一五円となる。

なお、四・三二九四は五年のライプニッツ係数である(ライプニッツ式計算式が不合理なものといえないことは最高裁昭和五三年一〇月二〇日第二小法廷判決・民集三二巻七号一五〇〇頁のとおりである。)。

3,348,000×(1-0.5)×4.3294=7,247,415

(二)(1) ところで、原告らは、劉宏文が大学卒業後日本の企業に就職したはずであると主張するが、劉宏文と同じときに毎日育英会の奨学生となった二〇名のうち四人以外の者が毎日育英会を辞めてしまっていること、毎日育英会の奨学生は、大学卒業後、帰国する者がかなり多いこと(証人間地丈夫の証人調書七項・九項)からすると、劉宏文が、大学卒業後、日本の企業に就職したとまで推認できない。

もっとも、劉宏文が日本の企業に就職する旨の希望を持っていたこと(甲第一五号証、第二二号証)を併せ考えると、劉宏文は、大学卒業後三年間は日本において、その後は中国において就労するものと考えるのが相当である。

(2) そして、大学卒業後三年間の収入は五一三万九四〇〇円(賃金センサス平成七年第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計、男子労働者の三〇歳から三四歳までの年収額)とするのが相当である。

したがって、大学卒業後の三年間の逸失利益は、次の数式のとおり、五四八万三二二五円である。

なお、六・四六三二は八年のライプニッツ係数である。

5,139,400×(1-0.5)×(6.4632-4.3294)=5,483,225

(3) 劉宏文の中国での年収は、日本の年収(五五九万九八〇〇円。賃金センサス平成七年第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計、男子労働者の全年齢平均の年収額)の三分の一に相当する一八六万六六〇〇円であると認められる(弁論の全趣旨)から、三一歳(大学卒業後三年間経過後)から六七歳までの三六年の就労期間の逸失利益は、次の数式のとおり、一〇四五万二四九三円となる(なお、甲第一六号証及び第一七号証によっても、劉宏文の中国での年収が一八六万六六〇〇円を上回るとまで推認することはできない。)。

なお、一七・六六二七は四四年のライプニッツ係数である。

1,866,600×(1-0.5)×(17.6627-6.4632)=10,452,493

(三) したがって、劉宏文の逸失利益は、以上の七二四万七四一五円(前記(一)(4))、五四八万三二二五円(前記(ニ)(2))、一〇四五万二四九三円(前記(ニ)(3))の合計二三一八万三一三三円である。

4  損害合計 一二一〇万五六三〇円

1から3までの合計が四三二六万九〇八五円であること、劉宏文に五パーセントの過失があること(前記一)、本件訴訟の経緯・認容額からして弁護士費用は一〇〇万円とするのが相当であること、既払金が三〇〇〇万円あること(前記第二の一4)からすると、損害合計は、次の数式のとおり、一二一〇万五六三〇円である。

43,269,085×(1-0.05)+1,000,000-30,000,000=12,105,630

三  結論

よって、原告らの請求は、〈1〉原告劉徳才が、被告らに対し、各自金六〇五万二八一五円(一二一〇万五六三〇円のうち原告劉徳才の相続分二分の一に相当する金額。前記第二の一3)及びこれに対する平成四年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を、〈2〉原告王大景が、被告らに対し、各自金六〇五万二八一五円(一二一〇万五六三〇円のうち原告王大景の相続分二分の一に相当する金額。前記第二の一3)及びこれに対する平成四年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を、それぞれ求める限りで理由があるから認容し、その余は理由がないからいずれも棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 栗原洋三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例